【体験談】アシュタンガヨガが教えてくれた「体との向き合い方」
- 2025年5月14日
- 読了時間: 4分
更新日:2025年10月2日
誰しも一度は、劣等感を抱いたことがあるのではないでしょうか。
私自身、幼いころから「みんなと同じようにできない」という気持ちを何度も味わってきました。それは、小さな敗北感の積み重ねのようなもので、いつも隣にある感情でした。
というのも、私は物心がつく前から腎臓の病気を抱えていました。小学生になると、激しい運動にはドクターストップ。体育の授業には参加できても、校外活動や部活動は禁止され、「疲れすぎるとそのまま入院につながる」と医師からも強く言われていました。
もどかしさの中で
腎臓病と一口に言っても、その症状や重さは人それぞれです。
私の場合は、片方の腎臓が人よりも小さく、腎炎を繰り返しやすい体質でした。比較的軽いケースではありましたが、発症を繰り返すことへの不安は常にありました。
見た目には元気そうに見えることも多く、体調が悪くて横になっていると、家族に「怠けているのでは?」と思われてしまうことも。そんなときは、説明の難しさやもどかしさを強く感じました。
今も、「人より疲れやすい」「むくみやすい」といった症状と日々向き合っています。特にむくみは、塩分を少し摂りすぎただけで翌朝には顔がパンパンに腫れたり、足がむくんでスニーカーが履けなくなったり…。
体調も崩れ、外出すら難しくなることもありました。
この病気をコントロールするためには、日々の丁寧なケアと食事管理が欠かせないと気づいたのは、社会人になってからのことでした。
アシュタンガヨガとの出会いが教えてくれたこと
初めは「しんどかった」──2010年、最初の一歩

2010年、アシュタンガヨガに出会いました。
それまでリラックス系やアライメント重視のヨガをしていた私にとって、アシュタンガヨガはまったく違う世界。「これだ」と感じた一方で、始めた当初は体調を崩すこともたびたびありました。
練習中に気分が悪くなり、「今日は気持ち悪いので帰ります」と先生に伝えた日も一度や二度ではありません。
周りがスムーズにこなすポーズに、自分は時間もエネルギーもかかり、焦りや自信喪失を感じることもありました。
それでも続けられたのは、先生たちの励ましや、練習後に仲間とお茶を飲みながら悩みを共有できた時間があったから。「自分だけじゃない。みんなそれぞれに葛藤がある」と知れたことが、何よりの支えになりました。
アシュタンガの練習スタイルは、積み重ね

アシュタンガヨガは、一度にすべてのポーズを行うものではなく、少しずつ段階を踏んで練習を深めていくスタイル。
私はまず、立位(スタンディング)のポーズを3か月間集中して練習し、その後シッティングのポーズへ。シリーズ全体を通して練習できるようになるまでには、約2年かかりました。
練習で特に意識していたのは「呼吸」。ポーズと呼吸を別々にしないこと。呼吸と動きが自然につながっていく感覚。それが、アシュタンガヨガの本質への入口だったように思います。
体と心の変化──むくみと向き合いながら
アシュタンガヨガを続けることで、気づけば体と心に少しずつ変化が現れました。
むくみが減った
体力がついて疲れにくくなった
感情の波が穏やかになった
食事への意識が高まった
中でも最も強く感じたのが、「むくみの改善」でした。皮膚の硬さがやわらぎ、揉んでも痛くなくなった瞬間の感覚は、今でもはっきりと覚えています。
食の変化も、自分の体が教えてくれた
むくみとの向き合いと並行して、食べ物の好みにも変化が現れました。濃い味付けや脂っこいものを欲しなくなり、素材の味を楽しむようになりました。
もちろん、年齢的な変化もあるかもしれません。ただ、それ以上に「濃い味付けをすると翌日の練習がしんどい」という体の声を、無視できなくなったというのが本音です。
まとめ:自分という体を、どう乗りこなすか

こうした変化は、一気に起きたわけではありません。同時にすべてを整える必要もありませんでした。
時間をかけて、試して、調整して、自分の体を少しずつ理解していった結果です。うまく噛み合わないときに無理をすると、「やらなきゃ」というプレッシャーばかりが増えてしまう。
大切なのは、自分のペースで、自分という体をどう乗りこなしていくか。まずはそこからだと、私は思っています。




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